第87回浅間ミーティング・コンクールデレガンスのバイク達

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今回のデレガンス、申し合わせたわけでもないのに、何故かモペット系。それもレア車が集まるという、面白いデレガンスとなりました。

1・ビアンキ アクイロット 45cc 1951年
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ビアンキと言えば自転車。エドアルド・ビアンキが自転車の生産を始めたのが1885年というから、自転車産業創設期からのメーカー(と言うか工房?)であり、現存する最古の自転車ブランド。
そのビアンキがエンジン付き自転車の製造を始めたのが1887年。自動車部門の創設が1899年と言うから歴史は長いです。
ちなみに自動車部門は第二次大戦後経営不振となり、1955年にフィアットとピレリの資金援助でアウトビアンキとして再出発。A112などのホットハッチで有名になったけど、オートザムでも売っていたY10が1994年にランチア・イプシロンに引き継がれ、アウトビアンキと言うブランドは消滅しちゃうと言うか,ランチアになっちゃう。

 話をモペットに戻すと、ビアンキはでも結構色々なモデルが作られていますが、これは「アクイロット(鷲の子)」。
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このモペット。見た目はモロ古い鉄製の自転車、パーツも自転車用なんだけど、走ると意外や軽快で早いのにビックリ。
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エンジンと後輪を縦置き配置にしたフリクション駆動。ホンダのカブFのような駆動チェーンも持たなければ、ソレックスのようにエンジンの重量で駆動用のホイールをタイヤに押しつけることもしない(まあ、それなりに色々はありますが)。ただ前後に並んでいるだけなので、リアタイアに常にパンパンに空気を入れておかないとちゃんと駆動できないそうです。いずれにしても今の道交法で登録しようとすると、無理だろうなあ。

2・ホンダ スポーツカブC111 49cc 1960年

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OHVのホンダC100が発売されたのが1958年。その2年後にスポーツモデルとして発売されたのがスポーツカブ。
一見すると、C100から余計なものを取っ払ってスポーツルックにしただけに見えるけど、フレームは新設計。
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ハイコンプピストンでやシリンダーの変更など、色々やってC100の4.3psから5.0psにパワーアップ。ミッションもレシオを見直したマニュアル3速(64年からは4速)。のエンジンを新設計のフレームに積み、バーハンドルにアップマフラー、ニーグリップラバー付きのタンクと,あの頃のスポーツタイプの定番ルックに仕立て上げ、カタログ最高速度85km/h。

あの頃は法定速度の3倍近いデータを堂々と謳っても良かったんだよねえ。CB750Fourなんか「最高速度200km/h」だもの。良い時代したよ。

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良い時代と言えば、自身1934年型の水戸藩カブのご老公。大抵の参加車両の年式を追い越しちゃっているから、最年長車賞総なめになってしまいましたねえ。良いお仲間に恵まれて、このスポカブにしてもよってたかってレストアしちゃう。きっと若いお仲間の居場所を作ったから何でしょうね。いつまでもお元気でいて下さい。

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ところでスポカブと言えばC110。C111っちゃなによ?って思った方も多いかと思いますが、よく見るとクラッチレバーがありません。どうやら、マニュアルミションがC110、遠クラモデルがC111という事のようです。

3・片山産業 オリンパス スーパーツインS型 246cc 1961年

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 エントラントのTさんは、名古屋を中心とする中部地域のオートバイ産業に造詣が深く、ご自身のコレクションだけでなくネット等での執筆も多い方。
そんな方の前でこんなアホBlogを描くのは、ちょっと恥ずかしいのですが、気を取り直して続けます。

 名古屋は戦時中から日本の軍需産業のメッカ。今でも航空産業や自動車産業が集中している。そんなことから終戦直後は様々な工場があり、多くがオートバイの製造を始めることになります。
そんなブームの中、地元の自転車屋からエンジンの試作依頼があって作ってみたけどキャンセルをくらい、それなら自分で車体も作っちゃえ。と言うノリで作ってみたら結構売れた。と言うのがコンプリートメーカーとしての始まり。
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 そんな軽いノリだったのかどうかはわからないけれど、当時の名古屋辺りでは,エンジンだけ作って供給したり、フレームだけ作ったりのメーカーが相互依存して産業を形作っていたらしい。

そんな中生まれたのが、2サイクル並列二気筒という当時では画期的なメカニズムのスーパーツイン。ただ、1960年の250ccと言えば、ホンダからはCB72、ヤマハからはYDS1
という恐ろしく強力なライバルと戦わねばならず、オートバイ業界そのものも,実用性から趣味性へ10年かけて転換して行く時代。150社以上あったと言われるオートバイメーカーが4社にまで絞り込まれる中で、生き残ることは出来なかった様です。

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今回、ミーティングに参加した人達の殆どが初めて見たと思うオリンパス。タンクの形状やエンブレム等、こだわりを感じられる部分もたくさんあるけれど、基本はやっぱり実用車。デザイナーのこだわりが営業や経理の要求でズタズタにされたように見えちゃうのは、私だけでしょうか?

4・ホンダ ジュノオM85 169cc 1963年

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「オリンパス」の次が「ジュノー」という神話繋がりですが、次はホンダのあだ花ジュノオです。

初代のKは1954年発売。当時のスクーターブームに乗っかろうと数々の革新的な技術を盛り込んで発売はするものの、デカイは重いはオーバーヒートするは、その上高い。何しろ初代のK型で排気量189ccの7.5psなのに、ドライで170kg。KA型で9.0ps二パワーアップしたものの195kgもあったんだから、取り回しは大変だったろうと思います。その上K型の価格が185,000円(1955年当時だよ!大卒初任給が11,000円、コーヒー一杯50円の時代)。そんな訳で1955年にいったん生産中止。

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よせば良いのに全体を見直したM型を1961年に再発売。M85は最終生産型になるけど、169ccで12ps、157kgまでダイエットして169,000円(まだ高いぞ!)。価格も重量も大きくなった原因はバダリーニ式の油圧式無段変速機へのこだわりだったと言われていますが、結局1963年に、ホンダの経営危機の一因になったとの汚名を残し生産中止。それがトラウマになったのかどうか、その後17年ホンダはスクーターを作りませんでした。

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ホンダの公式発表ではM85の総生産台数はたったの5,880台。
 その内2台が今回のミーティングにやってきてくれたわけです。デレガンスへのエントリーは1台ですが,会場にたまたま同型車があったので、ひっぱりだされました。昔のミーティングでは良くあった話です。どちらの車両にも共通しているのは、完全なオリジナルにこだわるわけでは無く、欠点とされている部分を現代の技術とアイデア、職人技で改善し、日頃の足として使えるレベルになっているという事。四輪のレストアではよく行われる事ではありますが、こういう楽しみ方もあるんですね。
 1台はセルスタート、もう1台はリコイルスタートで一発始動。軽快に走ってくれました。

5・スズキ セルペット M80(K20) 80cc 1964年

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スズキのセルペットと言えば、打倒スーパーカブとして開発され、当初は独自のデザインでスタートしたものの、段々段々カブみたいになっていって、バーディーに後を引き継がれる。と言う歴史を持ったシリーズ。

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それでもこだわりの2ストロークエンジンは変わらず、このM80というのはピストンバルブの80cc、シート下にタンク、ボトムリンクのフロントサスペンション、大型レッグシールドという、まるっきりカブルックのM30の車体に、80Kのエンジンを積んだモデル、クラッチ付きの4速ロータリーという事になってはいるんだけど、浅間じゃ有名なこの車体のオーナーさん。時々黒いツナギに白襷でポディウムのてっぺんに立ったりする方なので、何処にどうゆう技を突っ込んであるかわかりませぬ。まあ、聞いても言わないとは思うけどね。

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普段から全開全開また全開の方なので、アイドリング音から、「あ、こいつは回されてるな。」って思わせる快調な「音」を響かせていました。

6・ヤマハ AS-1R 124cc 1967年

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ヤマハ初の2気筒・125ccスポーツモデル。5ポートエンジンを初めて採用し、ツイン・キャブ、分離給油システム、リターン式5段変速などを装備し,最高出力15ps。
 私の世代だと、免許取りたてのころに、分厚いバイク雑誌を2冊買ってくると中古車売買欄に必ず載っていた1台。そして仲間内の誰かが乗っていたバイク。と言うイメージが強いですね。ヤマハの場合Dは250、Aは125、Hは90。後ろにSが付けばロードスポーツ、Tがつけばトレール車と思っていた頃の話です。この頃のヤマハの2ストは、高回転好きで、低速にトルクは無いから今時の若いもんには・・・。

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その分アイドリングは軽くて優しい。打音も可愛くて好きです。オーナーさんたらキックペダルを手で回してエンジン始動。
 
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ところでなんでDじゃなくてRなの?と聞いたら,主にルックスの違いだそうで、リアフェンダーが塗装じゃ無くてメッキなのもその一つだそうです。

7・ヤマハ チャピイ 49cc 1975年

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ヤマハの言うタウンミニバイクの女性向けチャピイ。男の子向けのジッピイと並んで発売。結構ロングセラーでマイナーチェンジ後80年代まで作られている。2段オートマ、遠心クラッチ、クラッチ付きのマニュアルシフトと3種類あって、これは2速オートマ。セレクターレバーの位置やシフトショックの大きさから、あまり女性向けとは言えない様な。
と言う堅い話はおいといて、エントラントが私なので,恥ずかしながら、初の夫婦で顔出しです(笑)。何故このバイクが我が家にやってきたかというと、事は断捨離から始まります。元々我が家には震災被害で要レストアになった奴からポンコツまで何台かのバイクがあったのですが、病気による車椅子生活になっちまって、サイドカー以外乗れない、直せない。と言う事になっちまいました。捨てちまうには惜しいけど、ガレージの肥やしにしてしまうのは勿体ない。じゃあ、何とか走れる状態まで持って行くのは誰だろう?と考えたときに,思い浮かんだのが富山のMさん達。
彼らなら無いパーツは作ってでも動ける状態にしちゃうのではないかと思い、声をかけたところ快諾いただいたのは良いのですが、何か代わりに?という事になり、それなら末っ子が乗れる原付をおねだりしたら、やってきたのがこのチャピーだったという訳でして。結果2001年生まれの末っ子が1975年型の原付を乗り回すことになりました。

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今回諸事情あって参加出来なかった息子に代わり、カーチャンにライダーを頼みましたが、「免許は持ってるざます。」の無敵な原付オバサン(ネタ古い?)にしか見えないなあ。

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ところで車名は「チャピー」ですが、マフラーに書いてあるのを素直に読むと「チャッピー」。

8・ヤマハ SR500 499cc 1998年
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9・ハーレー・ダビットソン FDXスーパーグライド 1584cc 2010年
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10・BMW R100GS 995cc 1991年
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7・モト・グッチ V1000コンバート 949cc 1977年
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すいません。この4台、著者がデレガンスに出てしまったために、撮影やら何やらで、お話も聞けなかったので、写真だけ。という事でごめんなさい。

言い訳じみてはおりますが、デレガンスに出るのって、結構楽しいですよ。貴方もいかが?

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この記事へのコメント

平石修
2019年07月06日 22:14
何時もながら丁寧な解説&スナップに当日の興奮が甦ります、みんな期待しておりますので無理ないところでよろしくお願い致します。皆の思いも同じと思います。

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