おとーさんのバイク日記

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zoom RSS 81st. 浅間ミーティング コンクール・デレガンスのバイク達

<<   作成日時 : 2016/05/27 00:13   >>

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今回のデレガンス。極端にレアで古いバイクが少なかった代わりに、私の世代には直球ど真ん中。自分も含めて、誰がどんな風に乗っていたかすぐに思いだせるものばかり。バイクよりも、当時のライダー達が懐かしくなるひと時でした。

1・スズキGSX750F 750cc 2000年
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スズキのナナハンと言うと、ゴリゴリしたパワーの油令エンジンを、不思議なデザインのボディーで包んだバイク、というイメージなんだけど。
金髪ツインテールのJKライダーに後ろから蹴飛ばされるのを覚悟の上で言っちゃうけど、スズキのバイクデザインってどうして最後の最後で変な形のひとひねりを足しちゃうんでしょうね?
カタナにしてからが、いくら法規制があったとはいえ、あんな耕運機ハンドル付けちゃうし。ウルトラスーパーバイクの隼のテールにしてもそう。いちいち上げたらキリが無い。
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このFYにしても、とってもマッシブだし、いかにもパワフルですといった感じのスイングアームなんかとっても恰好良いとは思うんだけどね。ライト周りはどうしてもバカボンのお巡りさんに見えちゃう。(笑)
スズキ得意のワンポイント・ドレスダウン?
オーナーさんは浅間ではお馴染みのとてもアクティブな女性。どちらかと言うと、125オフローダーのイメージが強い方です

2・CB400FOUR NC36 399cc 1997年
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ホンダか1997年から2001年まで作っていた400ccネイキッドバイクです。
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で終わりにしたい誘惑にかられますが、せめて5行は書きなさい。というお達しもあったので、もう少し続けます。
オーナーさんが、別のところにとっても詳しく書いておられるのですが、同じ「ヨンフォア」でも、ドリームCB400Fourとは別物。CB400SFから発展したDOHCエンジンを積んでいます。全体のデザインはドリームCB750Fourをイメージしたという事で「ミニ750」というフィーリングは、まさしく狙い通り。ただ、この年代の400は、当時の免許制度もあって、メーカーを問わずそのまま生き長らえる。という事が少なかった不幸な中間排気量でした。限定解除の試験が異常に難しく、大型に乗りたい!というモチベーションを打ち砕くには充分でした。そんな事情もあって、大人のライダーに大事にされた車体がとても少ない。この車体も開けてびっくりが随所にあったようです。
ですから、この車体はとてもラッキー。浅間のweb管理人さんでもあるオーナーにとても大事にされています。

3・Norton command 750 765.8cc 1972年
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ノートン コマンドと言っても、これはType-C「プロダクション・レーサー」。
だからこその排気量。だからこそのスタイル。デモランでも、ティクラーでオーバーフローさせてから、シュトドドドドンとエンジン始動。という姿が見られましたが、本物のレーサー仕様で、実際に歴戦の勇士でもあります。
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オーナーさんを、故中沖初代理事長から「超趣味人のサスペンションの神様」として紹介してもらったのは随分前のお話。色々と手をかけながら乗り続けていらっしゃいます。素敵なノートンサウンドを響かせ続けて下さいね。

4・BMW R1100RT 1085cc 1985年?
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R259 系ボクサーエンジンシリーズのラグジュアリーモデル。電動式のスクリーンやオーディオ装備の重量級ですが、意外にも運動性能が高く、R100RSからの乗り換えはこっちの方が多かったと聞いています。浅間の先輩、さすらいの旅ライター、N川さんの愛機として認識されている方も多いのでは?
ところでエントリーリストでは1985年式となってますが、発売が1995年だから、ミスプリントと思われます。ひょっとして会場でインフォメーションあったのを聞き逃したのかも知れませんが。
(正しくは1995年式だそうです。浅間事務局より訂正の連絡をいただきました。)
同じ259系の1150GSに、脚がぶっ壊れるまでの10年ちょっと乗っていましたが、装備していた無線機にノイズが乗る、場合によっては聞き取れないという事態が発生。でもって識者に相談したら、オーディオ装備のRTのコイルに換えればシールドがしっかりしているから大丈夫。と言われ、注文しに行ったら、あまりにも高価で目ん玉が飛び出しそうになったのも懐かしい思い出。携帯もネットオークションも普及する前のお話しでした。
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「消防単車」とあって、オーナーさんも火消しの格好で乗られていらっしゃいましたが、消防とは全く関係ない個人の趣味だそうです。あの天気じゃあ暑かっただろうなあ。
あ、いくらカメラをむけられたからといって、周回中に停車するのはやめましょう。良い子は真似しないように(笑)

5・ホンダ IHATOVO 124cc 1981年
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TL125はホンダがシルクロードに続いて「トレッキングバイク」というジャンルで売り出した第二弾。バイアルスほど競技を目指していない。のんびりトコトコ何処でもツーリングを楽しめる。というのが売りにしたかったんでしょう。とは言っても、フロントサスはセミエア、リアは倒立加圧と結構なハイスペック。最近流行の2本サスクラスのトライアル競技なんかでも人気の車種になっているようです。
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オーナーさんは色々と多趣味な方のようですが、コツコツと手をいれておられて、素晴らしいコンディでょンをたもっていらしゃいます。

6・ホンダ CR250R 248cc 1978年
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77年から発売され、2004年(2005年型と呼ばれる)まで、販売された、競技専用車両。正規の販売としては、国内最後の2ストモトクロッサーという事になります。その後も海外では販売され、逆輸入車として入ってきたものに保安部品をくっつけて、公道仕様として販売しているお店があるようですね。昔環七で同じ様なことをやって摘発されたお店があったような?
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この車両のオーナーさんはそんなことはやっておりません誤解があったらごめんなさい。ご自身も仰っていましたが、雨のレースがお得意で、何度も優賞してらっしゃる、浅間の大先輩です。
でも、やっぱり競技用2ストの、乾いた排気音は素敵ですよね。聞いているだけでわくわくしてきます。

7・ホンダ スーパーカブC50改 65cc 1971年
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ここからカブ系が何台か続きますが、今回はなんと、まともな。いえいえ、ノーマルのカブが1台も無いと言う不思議なデレガンスになりました。なにせ生産期間の記録更新中のカブですから、バリエーションはたくさんあります。このC50は1966年に発売されたSOHCのモデルで、最終的には燃料噴射化された上、2012年に生産終了となります。正直に65ccとあるように排気量がアップされていますが、速度制限を回避し、乗りやすくするためもあって、黄色いナンバーに変えてやるのが、水戸藩辺りでは当たり前になっています。
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が、浅間のランバージャックであるオーナーさんが本当に見せたかったのはトランポの方だったのかも知れません。

8・ホンダスーパーカブC102改 49cc(何処が?) 1960年
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ご老公の愛機(といっても何台かある内の一つですが。)C102は、OHVのC100にセルが付いたモデルのこと、排気量を少し上げて、黄色いナンバーで登録してあります。ご老公と言えば1日1,000kmカブツーリング。その為には30km/hではつらいという事から始まって、排気量だけではない、ボーリングも含めたノウハウがあるようです。携帯の電池が無くなるまで、詳しく説明していただいたのですが、濃すぎて理解のキャパオーバー。
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益々盛んなご老公。奥様と一緒に映画出演も果たしています。
北茨城のある映画プロジェクトで作られた三部作があるのですが。面白そうなので観に行ったら、エンドロールに奥様と一緒にお名前がクレジットされていてビックリ(ちなみに本名で)。奥様にそのお話しをさせていただいたら、観に行ったけど名前が出ているのは気付かなかったとのこと。
浅間を含めた各種バイクイベントの最高齢者賞総なめですが、今回のミーティングでも多分自己申告「81才」で受賞されてましたが、え?
「じっちゃん82だろうよ!」「そうだっけ?もうよくわがんね。」(笑)

9・ホンダ コンプレッサーカブ 50cc 2002年
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ご老公の秘密基地。御前山の山懐にある「星降る里」には、さまざまなカブ主さん達が集まってきます。カブという手軽な縛りのなかで、実にさまざまなアプローチが行われており、そういう場を作ったご老公は素敵な爺様だと思うますが、ここはスーパーチャージド。カブのお話し。
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ベースはプレスカブですね、よく見るとサイドのpress cubの pressの前にCom 後ろにor を足してある!ナイスです。
邪魔な部分のレッグシールドやクランクケースカバーを切り取って、キャブの後ろに付けたインペラーを廻すようになっています。ここまでまとめるのは凄いです。個人的には、細ーい細ーいコッグドベルトに感動してしまいました。
実は、小僧だった頃、エアホーンのモーターを廻しっぱなしにして、周りを塞いだエアクリーナーボックスに加圧してみたことがあるんだけど、空気が全然足り無くてオカルトチューンにもならなかったっけ。誰でも一度は考えるよね?え、そんなことはない?

10・ホンダPC50ツイン 105cc 1969年
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まとめると言えばこちらも凄い。今回グランプリに輝いたリトルホンダのエンジン2機駆け。
エンジンもう一つ載りそうだな。って思うのと、実際載せるのは全然違います。レゴじゃあ無いんだから。
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2機のエンジンをクランクどおしチェーンで繋ぐっていうやり方は結構例があるけど、元々1機のエンジン載せることしか考えてないフレームに2機載せるのは、考えただけでも大変。
芯出しから大変だろうけど、芯が出たところでフレームの剛性が足りなければぶれちゃってまともに動かないだろうし、スロットルの連動とか、燃料の配管とか、ペダルのラチェット機構が付いているから、多少の回転差は吸収してくれるのでしょうが、実際に乗れるようになるには随分手間がかかったのでは?
個人的にはテンショナーの作りに萌えちゃったりするのですが、せめてメッシュのカバーでも無いとちと怖いです。
最近まで、欧州ではペダル付きのモペットは車体の大きさにかかわらず、登録だけで免許いらなかったので、どう考えてもペダルじゃあ走れないだろう。ってモペットもたくさんあったのですが、今は免許がいるようなので、ちょっとつまらなくなりましたね。

11・ホンダ CB125 124cc 1967年
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ベンリイCB93と言った方がピンとくる方は多いかもしれません。黒のアップハンドル。というイメージが強いのですが、一文字にすると確かに72に良く似てます。この頃のホンダは毎年マイナーチェンジを繰り返し、あっという間にツートンカラーになっちゃうのですが、これはメッキタンク時代のある意味完成形。
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ホンダのバイクって、デビュー当時が一番ワイルドで、それがだんだん洗練されていって、その分どんどんつまらなくなり、行くところまで行ってからドン!と変わるの繰り返し。
典型的なのがCB750Fourで、K0はドライサンプのオイルタンクが大きく張り出して、シートもダックテールでワイルドそのもの。それがだんだん洗練されて行って.構造も変化していき。基本コンセプトは同じでも、凄く良い子になっていきます。その辺が初めから洗練された形で出てきて、グラフィック変更の度にかえって???になるヤマハとの違いだと思うのですが、どうでしょう?

12・ホンダ CD125K 124cc 1973年
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ホンダのビジネスモデルCDシリーズ。後ろが荷台で、カゴを乗っけて八百屋さんとか酒屋さんが乗ってたイメージが強いのは、昔、皆がスポーツバイク載ってる頃に、1人だけこれに乗っていた八百屋の倅が友人にいたせいかもしれません。ずっと変わらないように見えるCDですが、結構モデルチェンジを繰り返しています。
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1969年にデビューしたときの安全装備に、フロントブレーキだけでもブレーキランプが点く。と謳ってあるのが時代を感じます。この後のCD125Tから電装が12Vになるのですが、こいつは本来6V。最近はカスタムベースとしてもよく使われているようですね。

13・メグロ ジュニアS-7 249cc 1960年
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今は無き目黒製作所の250cc短気筒シリーズの一つ。この後のS-8がSシリーズ最後のモデルとなります。メグロは今は無きメーカーの中でもその耐久性の高さゆえか、結構現存率が高くて、ワンメイククラブもあったりする比較的ポピュラーな存在なのですが、この車両のオーナーさんの様に中学生のころからバイクいじりが好きで、若くしてメグロにたどり着く。というのは珍しいかも知れません。
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その若さがヘルメットに出てますね。(笑)
ミーティングに来てみて、自分の車の錆び具合を気にされていたようですが、そんなことはありませんよ。このヤレ具合も充分味の内。ピカピカならば良いというわけではありません。最近は錆びた車体をそのままコーティングして保存するのも流行っていることだし。どうか末永く大事にしてやって下さい。

14・カワサキ ROADSTER 650 624cc 1973年
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エントリーリストを見た時は、一瞬こんなバイクあったっけ?と思ってしまいました。良く考えたら650RS。W3の事ですよね。メグロから続く、650バーチカルツインの最終型。
高めのギアで立ち上がっていく時に、峠に響く排気音が、等と言うと、懐かしのわたせせいぞうみたいですが、実はレーシングマフラーで筑波に響く全開音の方が大好きだったりします。
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私たち世代のバイク乗りにとっては、何処へ行っても1台はいたバイク。

このシリーズとは全く別物ですが、W650が開発されているときに、もう故人になられたトラと言えばこの人。という大先輩から聞いたお話し。

ある日突然電話が掛かって来て、デザインの参考にしたいから、1台譲ってくれないかとのこと。大先輩「どちら様でしょうか?」「カワサキと申します。」「どちらの川崎さんでしょうか?」「明石のカワサキと申します。」って会話があったとか無かったとか。真偽の程は確かめようもありませんが。
エストレアの時もメグロのSG探しに行ったのかな?(笑)

15・ホンダ CB500Four 498cc 1973年
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私にとっては、とても思い入れの強いバイク。学生の頃、同じ下宿に住んでいた友人の足だったのが最初の出会い。廃車寸前だった同型車を、廃材の下から掘り出して以来10年以上浅間へ通ってました。今でも、ホンダのSOHC4気筒シリーズではベストデザインだと思っています。
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が、思うほどパワーがない。かなり廻さないと走らないのに、スロットルがめちゃくちゃ重たい。その上クラッチはもっと重たい。シングルワイヤーだった750K0のスロットル引っかかり事故がトラウマになったのか、リターンスプリングの類がやたらと強い。ポジションランプ点けっぱなしでアイドリングさせておくと直ぐバッテリーがあがる。気をつけないとマフラーのしぼったところが直ぐ錆びる。等々、色々あるけどお気に入りです。

膝がぶっ壊れて大型ソロが辛くなったので仲間に引き取って貰い、ストックパーツもあちこちで役立てていただいていて、ホンダの4気筒シリーズともこれでお別れ。と思っていたら400Fourを預かる事になっちゃって。
縁は切れないらしいですね。

16・ホンダCB550 F-U 544cc 1975年
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その500Fourシリーズの最終型がこれ。どうせ縁が切れないなら語っちゃいましょう。(笑)
CB750が当時。としてはデカすぎ、パワーあり過ぎ。カタログにも、初心者は乗っちゃダメ。って書いてあった位なので、より実用的なモデルとして発売されたのがCB500。750が38万5千円だったときに33万5千円だったから、あなたならどっちを買います?
ナナハンは世界的にバカ売れし、その事が4気筒の開発のペースに影響したのでしょうか?世の中は徐々にDOHCという方向に向かい始めますが、ホンダ4気筒は変わらずマイナーチェンジの繰り返しが続きます。
そこへ登場「おお、400!」コンチハンに集合マフラー。日本国内ではタブーに近かったカフェ・レーサー スタイルが登場。400の製造期間は意外に短くて、中免でも乗れるタイプUを含めても3年間ほどなんですが、人気は未だに衰えてませんね。このF-Uも明らかに4フォアと同系統のデザインですで、起死回生を狙ったのかも知れませんが、結経区のところDOHC化の波におされて消えて行きました。

さて、81回のデレガンス。参加車両は以上16台でした。浅間のメンバーになってから今まで、名前は色々だったけど、スピリッツやデレガンスで実にたくさんのオートバイを見せていただき、実際に触れたり語ったりしてきました。

80回、40周年を過ぎ、三代目となる新理事長以下、理事さん達にも新しいメンバーが加わりましたが、クラブマンみんなが作り上げていくものである限り、浅間ミーティングはそんなに急に変わったりはしないでしょう。

80回の次は81回、その次は82回が来るだけの事。そうやって、気がついたら40年、50年という時が当たり前のように過ぎていく。

その事の素晴らしさこそ、中沖さんが言っていた「偉大なるマンネリ」の意味なんだと思います。

次は82回のスピリッツ。どんなバイク。どんな人とめぐり会うことが出来るんでしょうね?今から楽しみです。
ではまた、浅間で会いましょう。

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